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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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2015年04月01日by Takahiro Saito
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2015年04月01日by Takahiro Saito
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Takahiro Saito
 今回もまた『アイヌ民族の復権』からですが、この内容の中で「昼間から酒に酔ったアイヌが道路を千鳥足で歩き、彼らが差別や貧困から逃れるためには酒を飲むか自殺するしかなかった。」と書かれてますがそもそもアイヌは昔から「お酒を飲まぬと神様が怒るだろう。」と伝えられ、泥酔状態は彼らにとって神聖な事とされてます。神のためにお酒を飲む事は主要な「崇拝行為」であり、お酒を飲めば飲むほど神に対して信心が篤いことになると言われ、現実逃避から酒に酔っていたのではなく、そもそも崇拝からの泥酔で神に祈りを捧げてたのではと思うのですが....。
4月17日
中公 竹義
昔、アイヌは酒を飲まなかったと聞いたことがあります。
和人が北海道開拓でアイヌを使った時に、酒を覚えさせ、酒欲しさに働かせたと、某大学の研究者が言ってました。
4月17日 22:02
Takahiro Saito
中公さん、これも一つの説なのでしょうか?和人が持ち込んだお酒を初めて口にし、その酔いがあまりにも不思議に感じて神聖なものと感じたのでしょうか?でも彼らは人一倍お酒に強いのが思い知らされた事があります。
4月17日 22:07
谷口 佳輝
台湾でも同じだったとは言いますね。しかし、まったく通じないのと多少通じるのとではレベルが違いますね。
4月17日 22:13
Takahiro Saito
谷口さん、なるほど。この件に関してはもう少し深く検証してみますね。
4月17日 22:15
合田一彦
資料を確認する限りでは、北海道・東北でも縄文期からヒエの栽培が確認され、またアイヌにとっての日常的な穀物として食されており、酒(どぶろくの一種)にも利用されていたと有りますし、アイヌに酒を飲む文化が無かったというのは違いますね。 古事記などの神話の時代から濁り酒は有った訳ですし、酒造りの技術・文化が伝わらなかったとするほうが無理があります。 ただ、松前藩との交易によって、容易に日本酒を得られるようになり、それまでは北海道の厳しい自然の中で醸造する濁り酒・どぶろくしか得られなかったものが、財力さえあれば大量の日本酒が得られる訳で、そうしたなかで力のある者ほど酒に溺れる傾向が強く出たと考えられます。
4月17日 22:53
合田一彦
DNA解析によって、北海道の各種遺跡から発見されたヒエを分析し、栽培種であるかとか、由来を確認した研究資料がこちらにあります。


4月17日 22:54
谷口 佳輝
北海道のことに関しては未知のことばっかりです・・・。
4月17日 22:56
合田一彦
こちらは和人害悪説の立場で書かれていますが、それでもやはり酒は有ったとされています。 ただ松前藩によって大量の酒が持ち込まれたので酒浸りになったと、ある意味責任転嫁な主張と捉えるか、アヘン戦争のように騙して中毒にさせたと見るかは立場次第かもしれません。 ただ、アヘン戦争ではアヘンが害悪であることを知らせずに、騙して中毒にさせたのに対して、アイヌには酒の文化が有ったのだから、それを「有るだけ飲む」「欲しいから飲む」としたのは、アイヌ自身の嗜好が強く現れているようにも思いますが。

4月17日 23:04
谷口 佳輝
北海道に酒蔵が有るのが証拠になりますよね。
4月17日 23:05
Takahiro Saito
合田さん、いつも有り難うございます明治11年にイギリス人、イザベラ.バードが北海道探索した際にも「日本奥地紀行」にアイヌは日本人より酒が強く、そう簡単には酔わなかったと述べられてますね。
4月17日 23:09
合田一彦
稲作については、明治期の開拓に応じて品種改良などを重ねることで栽培可能なエリアを拡げていった程度なので、道内の造り酒屋は明治期に入ってからが殆どかと思います。 それ以前は寒冷地でも育つヒエなどを用いた「どぶろく」が、北海道で醸造できる、つまりはアイヌの伝統的な酒だったかと。 そこに松前藩が美味しい日本酒(清酒)を持ち込んだものだから、グビグビ飲める酒ということで嵌まったのかな。 どぶろくは穀類を醗酵させたままの濁り酒なので、要は「粥状の酒」であり、甘くない「甘酒」みたいなものと思えば、決して沢山は飲めない(というか腹が膨れてしまうので)。
4月17日 23:17
Takahiro Saito
そうそう、北海道の造り酒屋の殆どは札幌から広がってますね。栗山の小林酒造、小樽の田中酒造等は元々札幌で始まったとされてます。
4月17日 23:19
合田一彦
酒の話題では無く、大元の「彼らが差別や貧困から逃れるためには」の部分ですが、「差別」の解消には「共同体の一員」としての「同化」が必然ですし、「貧困」と言われましてもアイヌの暮らしが豊かだったとでも言うのでしょうか?
風呂にも入らず、米も交易でしか入手できず、一部の権力者を除いては縄文式住居のような小屋に住み、装身具さえ入手できずに土や木で作った飾りを付け、木の皮から採った繊維の服を着た生活、しかも医薬品も無ければ医者も居らず、子どもが病に罹ってもカムイに祈るしか出来ない生活で、そりゃ確かに「伝統的なアイヌの生活」であり「心は豊か」かも知れませんが、片やそんな生活を続けて、片や日本人として同化して市営住宅に住み、学校に通い、バスで勤めに行き、病気になったら医者に見て貰える生活が、目の前にあるのに、自分の子どもたちには「自分たちはアイヌだから、ああいう生活をしては成らぬ」と縛り付けて、それで満足なのでしょうか。
言葉が通じなければ差別の解消どころか相互理解も出来ません。
文字が無ければ共同体の一員としての戸籍も住民票も、仕事も出来ません。
貨幣経済だって額面が判らなければ只の金属片と紙切れです。
どう考えたって当時の同化教育は必然なのに、今更何を主張するというのでしょう。 まったくもって意味不明です。
4月17日 23:53
合田一彦
更に言えば、松前藩の時代、つまりは江戸時代に、ご先祖様が酒で身を持ち崩したとして、それって酒を飲ませた奴が悪いの?
それとも考えなしに酒浸りになった奴が馬鹿なの?
当たり前の考えであれば、身代崩すほど酒に依存した馬鹿なご先祖様なんじゃないの?
いわば「小原庄助さん」だよね。
また、江戸時代の政策にも悪い点があったとして、それを今更、誰に対して請求するの?
その請求には何の正当性があるの?
江戸時代なんて、アイヌどころか当時の日本人の生活の中でも、普通に身売りはあったし、飢饉になれば何万人も飢えて死んだし、戦に巻き込まれて死ぬ者も居れば、年貢が払えなくて牢屋で獄死したり、一揆を起こして謀反人として処刑されたり、そんな事件は幾らでもあった訳で、その当時の少数部族に対する迫害があったと主張したところで、それを現代の常識、現代の人権意識で、捉え直してどうしろと。
過去の歴史を現代の常識に当てはめて裁いてみても、そこには何の正当性もないのは周知の通りだ。
にも関わらず、彼らは「先住民族の保護」という錦の御旗さえあれば、そうした「彼らにとって都合の良い主張」が全て通るものとして騒ぎ立てるし、当時の人権と今の人権を意図的に混乱させた主張で左翼や利権団体が絡んでくるし、そうした騒乱のどこに民族の文化が継承されているというのか。
途絶えた文化を発掘するのは考古学の分野であって、文化の継承を騙る詐欺集団が行うことでは無いよ。
誰も継承しなくなった「過去の文化」を、遺跡や遺物、僅かに残された研究記録から、当時の技術を考慮して復活・再生させるのは、いわば縄文式の火炎土器が素晴らしいからと、当時の土器製造技術と推察される道具を用いて作ってみる行為と同じであって、そこには「文化の継承」など一欠けらも無く、考古学的な文化の再生に過ぎない。
だって、考古学で縄文式の火炎土器を作ったからと言って、それが「縄文文化の継承」と本気で主張する人が一人でも居るかい?
4月18日 0:29
Takahiro Saito
合田さん、素晴らしいご意見尤もです!
4月18日 6:41
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