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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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2015年05月22日by 合田一彦
2015年05月22日by 峯木 貴
2015年05月22日by 合田一彦
2015年05月22日by 峯木 貴
2015年05月18日by 合田一彦
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峯木 貴
■アイヌ民族否定論に抗するを読んで
アイヌ民族否定論に抗する(2015年1月発行、岡和田 晃, マーク ウィンチェスター)を読み終えました。
特にマーク ウィンチェスター氏はひどいのですが、まるで感情をあらわにした表現で(例えば「しょぼいヘイトスピーチ」「ネトウヨ議員」)、他にも読むに堪えないものや、論理的でないものが多数ありました。しかし、中には落ち着いて論理的に議論を進めているものもありました。
その中で気になったことがあるので、書き出します。大野徹人氏と上村英明氏の論文から引用です。
「」書きはよく言われている内容ということで、⇒から後はその論者の主張です。
私のアイヌに関する知識は非常に稚拙なため、「アイヌ民族はもういない」という言葉すら、説明できません。
下記に対して分かりやすく解説していただくとありがたいのですが。
●P.150
「アイヌの言葉や文化が地方によって異なり、バラバラなので、アイヌという『一民族集団』としては存在しない」
⇒和人も地方により言葉や風習がさまざまである。これを理由に和人は存在しないとか、日本民族は存在しないという人はいない。
●P.151
「アイヌが統一国家を作っていなかったのだから民族ではない」
⇒クルド民族やバスク民族は存在しなかったのか?
●P.154
「アイヌは和人との混血がすすみ『純粋なアイヌ』は存在しない。したがって、アイヌ民族は存在しない。」
⇒純粋なアイヌは何人いるのか?というのは、純粋な日本人は何人いるのか?と聞くのと同じぐらい難しい。
●P.156
「アイヌはすでに固有の言語や文化を失い、同化しているので、アイヌという『民族』はすでに存在しない。」
⇒和服を着てちょん髷を結って生活をしていない和人は民族として存在しているのか?
●P.242
「和人とアイヌは北海道では古くから混在してきたのだから、アイヌは先住民族ではない」
⇒アイヌの集落と和人の集落はモザイク状(混在ではない)に入り乱れていた。(津軽海峡の両岸地域)

5月1日
冨山 洋治
「和人」とは何を指してるんですかね?
5月1日 14:26
Tsubaki Minezaki
だからアイヌも和人も日本人なんだゆうて特別に保護する対象ではないってことですのにね。
5月1日 14:44
Tsubaki Minezaki
シャクシャインより前はその部族同士で戦しあっていたわけですし、対松前藩になったとしても、その松前藩自体がすでに和人とアイヌで政権運営されていたわけで、私たちは同胞なんだよって私は思ってますけど

戦後、アメリカに独立したいですか?聞かれて日本人ですと答えた多くのアイヌの先人達の気持ちを踏みにじってないですかね?外国人が。
5月1日 14:53
合田一彦
こうした問題を考えるに当り、そもそもの「アイヌとは何か」が起点になるかと思います。
それと対応して「先住民族とは」という問題もあります。
以下、私見ではありますが、幾らかでも参考になりますでしょうか。
まず第一に、先住民族とは当該地域において先住性を有する民族と言えると思います。
ここで「民族」というのが一つのポイントで、幾つもの民族の潮流が重なって混在したことで生まれた文化に対しては、それは独自の民族とは言わないであろう事が挙げられます。
例えば、アメリカ合衆国は、本来はネイティブアメリカンが居住しておりましたが、その後の数多くの地域からの移民によって独自の文化を生み出す大国となりました。
しかし、誰も「アメリカ民族」とは言いませんし、アメリカが一つの「民族」であると認識する人は居ないでしょう。アメリカ合衆国という「国家」ではありますが、アメリカ民族は有りません。
振り返ってアイヌについて考えると、北海道においても先史時代があり、忍路環状列石群などを残した先住民が居たことは確かです。
その後、各種の石器、土器などの遺跡が残されている縄文文化と擦紋文化の時代を経て、日本で言うところの鎌倉時代以降、12~13世紀頃にアイヌ文化が成立したとされています。
その間、縄文や擦紋の頃にも、オホーツク文化圏など北方諸島からの渡来文化や、東北からの和人の文化の影響を受けていることは明らかで、例えば縄文土器の特徴である火炎紋様など、新潟から北海道までの広い範囲で見られるものであり、これすなわち縄文時代にすでに多くの文化の伝播があったことを示しています。
こうした多くの人々と文化の伝播を受けた混在の末に、鎌倉時代の頃になって、ようやくアイヌ文化と呼ばれるようになったものと考えられます。
つまりは、アイヌ文化と呼ばれるものは発祥の当初より、和人の影響も北方の影響も受けていましたし、血統的にも混在していたものと考えられています。
いわば、アメリカ的な文化の発祥とも言えるかと。
そして、アイヌには鉄器や漆器を作る文化が定着せず、気候風土的に稲作も出来ませんでした。こうした品々を得るには初期段階より和人との交渉・通商で得ていたとされています。
そうした側面を考えると、現在でこそアイヌ文化と呼ばれては居ますが、アイヌ文化それ単体では成立せず、和人や北方諸島が存在してこそ成立する文化であったと言えます。

このような状況においてのみ成立する文化、そうした文化を伝承する民族像は、いわゆる国連議決の先住民族とは大きくかけ離れたものです。 国連議決で言われるところの先住民というのは、他からの侵略や略奪などを受けずに独自に文化を成立させて居たものが、移住してきた民族によって強制的に淘汰されたものであり、それ故に、移住者たちが先住民の生活を侵害したものとして、先住民および文化の保護が謳われています。

また、アイヌ文化の発祥の経緯を見れば、土地ごとにオホーツク文化圏の影響が強かったであろう地域と、東北経由の和人の影響が強かった地域、北方諸島との交易が盛んであったであろう地域など、さまざまな地域的特色があったはずですし、こうした地域的な特徴と言うものは、日本の各地を見ても、ほんの峠一つ越えただけでも訛りや民俗的な文化伝承が異なることからも判ります。
ということは、現在、二風谷の方々が言われる「アイヌ文化」とは、一体なんなのでしょうね。
彼らの言い分が100%正しいものとしても、それは二風谷に伝わる文化であった筈ですし、また彼らが言うところのアイヌとは、どこからどこまでの分布を指しているのでしょう?
かつて、ヤマトタケルや坂上田村麻呂が征伐したと言う、箱根の関を越えた東方の夷も含まれるのでしょうか?(征夷大将軍の名の由来ですね)
それとも、東北の三内丸山遺跡に残された頃の蝦夷でしょうか。
また北方を見れば利尻礼文や樺太アイヌは?また更に北の北方民族は?
現在もなお、ロシアの北方民族には熊祭り(熊送り・イオマンテ)を伝える部族があり、アイヌとの文化伝播があったことは明らかですし、文化が交流したという事は、血の交雑も、疾病も、様々なものが行き交ったはずですね。
では、どこまでがアイヌなのでしょう?
国連議決にあるような、それまで独自に生活していた民族であれば、移住者が移り住む前から住んでいた先住民族として明確に示すことが可能です。
しかし、文化的交雑の中で生まれた文化に対しては、それをもって独自の民族と定義することは不可能です。
そうした意味からも、そもそものアイヌ民族など居ないのですよ。あくまでも、アイヌ文化を生み、伝承してきた少数部族の一団を以って「アイヌ」と称していた事実のみです。
故に、和人から見て「独自のアイヌ文化」と思えば、それを伝える人たちを「アイヌ」と称して、日高地方であれ樺太であれ、みな「アイヌ」と呼んだのでしょう。
5月1日 15:01
Tsubaki Minezaki
合田さん
書評
ほれぼれします
5月1日 15:09
峯木 貴
合田さんの意見は非常に分かりやすいものです。民族という体を成さないが、文化はあるということがわかりました。

また、つばきさんの意見はもっとも単純化されており、説得力があります。つまりとっくの昔に日本人として同化されたから、いまさら少数民族と言うな、ということですね?
5月1日 16:03
峯木 貴
そもそものこの本が書かれた発端は、金子市議の
「アイヌ民族なんて、い まはもういないんですよね。せいぜい アイヌ系日本人が良いところですが、 利権を行使しまくっているこの不合 理。納税者に説明できません。」
にあります。

これを論破するためにあるようなものです。

最初のセンテンスは
「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。」
なので、昔はアイヌ民族が存在したことになります。

また次のセンテンスは
「せいぜい アイヌ系日本人が良いところですが、」
でこれまたアイヌ系というものが存在しているとしています。

つまり金子市議はアイヌ民族が存在していることを暗に感じているのに、いないと否定したから問題点がややこしくなっていると思います。

アイヌ民族肯定派にも否定派にも受け入れられない内容となっていると思います。

アイヌの真実No.1のトークライブで、私はこの「もういない」とはどういう意味かを質問したのですが、明確な答えは得られませんでした。

ただし、砂澤さんは、その所は、市議と意見が違う、といわれたので、発端からボタンを掛け違えているのではないかと感じた次第です。
5月1日 16:20
合田一彦
はい。そもそもの「民族」という定義が決まっていないのも一因ですし、そこに付け込んで国会議決の「先住民族」と「アイヌ民族」を意図的に混同させて主張するリベラルというか利権派?が問題な訳です。
柳田国男が言ったような「東北の民俗」と同じような意味での「北海道の民俗」は有りますし、そこには「アイヌ民俗」は当然含まれるでしょう。
けれども、アイヌは、国連議決で言うところの先住民族のように「独自に生活してきた」わけでは有りません。むしろ全くの逆であり、移住者が来るまでは外界と隔絶されていたどころか、さまざまな文化・血統の混交の中で成立したものです。
そして、国連議決の先住民では無く、一般に言われる「民族」を考える上でも、民族としての遺伝的・血統的な独自性だけで無く、統一された国家を成立させ得る規模(ポテンシャル)を持ち、外界と自身が帰属する集団との明白な境界(テリトリー)があり、その集団独自の文化を有した生活を送り、一員は団体への帰属意識を有すること、などが挙げられています。
こうしたことから、例えばアメリカは遺伝的な独自性の面で該当しませんし、例えば個人の家庭は血統も明白な境界も帰属意識もあり、さらには我が家ルールなどの他家と異なる部分もありますが、規模の点で民族とは呼べません。
そうした点で考えると、そもそもの「アイヌ」と「アイヌ以外」の境界は、果たして何処かに存在するのでしょうか。
文化的にも混交ですし、アイヌの中でも部族ごとの差異もあります。地勢学的にもどこまでがアイヌなのでしょう。
しかも北海道に残っている記録だけ見ても、アイヌの各部族同士での抗争が頻繁に記録されており、統一国家を成立させるような部族同士の一体感は皆無です。
当然ながら、彼ら自身も自分たちの部族への帰属意識はあれども、アイヌとしての一体感や帰属意識があったとは考えられません。
となると、やはり「アイヌ民俗」であり、「アイヌ民俗」としての文化・生活スタイルを伝承する少数部族が点在していたとしか言いようが無いのです。
5月1日 16:39
合田一彦
卑近な例では、例えば「アマゾン奥地の謎の少数部族を追う!」という番組タイトルなど良く見るけれど、ここでは「少数部族」であって「民族」とは呼びませんね。 外界と隔絶された、独自の血統と生活スタイルを持ち、集団の中でのみ生きているのだから帰属意識も当然ですが、あくまでも「少数部族」。一般的に「民族」とは呼ばれません。
5月1日 16:54
合田一彦
また、民族という言葉が明確に定義されていない以上、「民族とは呼べない条件」を定めることも、「それを民族と呼んではいけない」と禁止することも出来ません。 なぜならば「民族」という「単語」に対して何をイメージするのかは個人の経験ならびに思想背景に基づくものであって、定義が無いものをアレコレと万人に共通する事象として縛ることは出来ないのです。 ですので「コレって民族と呼ぶに値する状態でしょうか?」という疑問を提示する事と、実情を広く知らしめる啓蒙活動が必要である訳です。 ただ、国連議決が定めるところの先住民族とは明らかに異なるという事実と、成立の由来からして和人の影響がある中で生まれたアイヌ文化なのですから、歴史の中で同化されたとしても、それを「不当な同化の圧力」呼ばわりして補償を求めるのも可笑しな話なので、当然ながら補償目当ての「自称アイヌ」や利権団体が暗躍するに至っては、そういう意図で使われるのならば「民族」自称するのは止めなさい、と指摘されるのも当然な訳です。 そうした指摘に反発するのは利権団体であって、陣さんなども「アイヌ民族」と呼ばれる集団は未だかつて存在した事など無い、というスタンスですよね。
5月1日 18:06
合田一彦
結局のところ「アイヌ民族肯定論」の方々が「民族である」と言われる根拠というか「民族の定義は何」って事なんですよ。
これを明確にした上で、そうした「アイヌ民族」が現存するから保護活動を行うための助成金が欲しい、というのなら考慮に値するでしょう。
しかし、彼らはアイヌ民族の定義を明文化せずに「アイヌ協会が認定すればアイヌ」というような漠然とした根拠しか示さない。
これでは何も定義していないのと同じです。
そのアイヌ協会に対して、協会は何を以ってアイヌと認定しているのか、その認定基準が明文化されていないので定義せよ、と問われているのに、まともな回答が無いのです。
もし、これを明確に定義すれば、現存する「アイヌ民族」は存在しないことを証明する内容になるか、あるいは漠然としすぎて、それこそアメリカでさえも「アメリカ民族」と言えたり、最小単位では「我が家民族」という主張が可能となるような失笑ものの定義でしょう。
そして何れの結果であれ、保護に値するような「アイヌ民族」は現存しないという結論となり、保護利権も何もかも失うでしょう。
利権目的のアイヌ協会が認定基準を明確に出来ないのは、そういう事情があっての事。「アイヌ民族」という虚構の上に成り立っている利権ですから、その民族論を否定されては全てが無に帰してしまいます。
それゆえ、彼らは全精力を上げて金子元市議に圧力を加え、小野寺元道議にクレームを付けて、どうにか活動を止めさせようとするのでしょう。
だって、我々は日本人であり日本国籍を有する日本国民ですが、別に日本民族と呼ばれようが大和民族と呼ばれようが、様々な民族(大陸渡来系やら北方系やら、海洋民族やら、いろいろ)の混在による統一民族と呼ばれようが、誰も何にも気にしないでしょ。 一部のナショナリズムに毒された方々や、レイシズム(人種主義者)の方でもなければ、日本人であることを否定さえされなければ、民族についてなど様々な考え方があって良いんじゃない?と寛容に受け止めているでしょ。
現在この瞬間だって、ハーフやクォーターなどの血統的混在も進んでいますし新しい命も生まれているでしょう。 文化的にもバイリンガル家庭に生まれる子どもも増えているでしょう。 でも、彼ら子どもたちも、この国に生まれて日本人として育ち、日本国籍を有する日本国民として生きていく以上、同じ日本の仲間であって、そこに差異はありません。
誰一人として「自分は少数民族だから保護されるべき、助成金を寄越せ」などと言う人は居ません。
特徴的な血統を有する場合であっても、それは強いて言うなれば「〇〇系の日本人」に過ぎず、本人がアイデンティティを求めたり、その「〇〇系」の文化を継承するのは自由ですが、行政が殊更支援すべきもので無いのは明らかです。
それが様々な支援を行い、利権構造と化している現状は、正すべきでしょう。
5月1日 20:29
峯木 貴
合田さん ご意見ありがとうございます。明日コメントいたします。
5月1日 20:56
Tsubaki Minezaki
合田さん
もぉ頭やら気持ちやらで
モヤモヤしてた事をこんなに活字にしてくださって
しかも分かりやすい
勉強になりました
ありがとうございます!
すげぇーすげえー独り言でちゃいましたw
5月1日 22:10
守谷 あかね
乗っかりますが
本当にわかりやすいですよね!合田さんの文章!
5月1日 22:37
峯木 貴
合田さん

まさに目の覚めるような内容です!というか目が覚めました。

文章の中にところどころ「アイヌ民俗」という言葉が出てきていますが、最初は「アイヌ民族」の誤植だと思いました。

もし誤植だとすると、
「そこには「アイヌ民俗」は当然含まれるでしょう。」
ということが書かれているため、合田さんは「アイヌ民族」肯定論者になってしまいます。

しかし、あえて「民俗」という言葉を使われています。

「民俗」は風習というような意味なので、「アイヌ民俗」というのはアイヌの風習を持った人々程度の意味ということが分かります。

たしかに、「アイヌ民俗」というのは現存していますが、「アイヌ民族」はそもそもない、ということは、文章を読んでいくと分かります。

それらを理解すると、合田さんの意見というのは非常に合理的なものということが分かります。

5月22日には、この本に纏わる講演会に参加しますが、これで頭の中がすっきりして参加できます。
5月2日 8:07
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