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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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合田一彦
こうしたグループに参加して、また自分でも色々な公開資料や記述を読み漁っていて気がついたことは、アイヌ擁護論とでも呼ぶべきスタンスの方々が主張する内容、いわく「アイヌは自然を大切にして乱獲せず、カムイに感謝を捧げていた」とか「カムイとアイヌの対等な関係の下、部族内も階級社会など無く平等で平和な村社会を構築していた」など等、いかにアイヌが平和で優れた先住民族であったかをアピールする内容ばかりで、それを侵した和人との戦いの歴史だとか何とか。
そうした記述の殆どは、出典を追いかけてみると、これらは二風谷からの発信による「個人的な発言」を、「アイヌが自ら語ったアイヌ自身の記録」として、その内容を踏襲していることが判る。
擁護派の彼らは、自分では資料を探さず、原典を参照せず、歴史を読み解くこともせず、金田一氏が残した膨大な研究も、松前藩の幕府の書面も、当時に絵師が描いた様子やイザベラ・バードの紀行文、明治政府が出した法律や施策の内容など、何も読まず、ただただ「アイヌ自身がそう言っていた」というだけで、あとは自分の思い込みで勝手に解釈した上で拡散し、まるで彼ら自身が人権派・現代文明に対して警鐘を鳴らす「先住民族の文化尊重」の旗手であるかのような自己満足に浸っているようだ。
こうした、自称「本人による証言」を根拠として論を述べるのは、まるで従軍慰安婦の構図と一緒。
しかも、左派が大好きな「差別」に絡めて、明確に定義できない「民族」という用語を持ち出し、アイヌ文化が成立する以前から共存していたにも拘らず一方的に「アイヌ(だけ)が北海道の先住民族」として先住性に関するデマを拡げ、疑問を持ったり異議を唱えるものには「差別主義者」のレッテルを貼って社会的に追放しようとする。
連続爆破事件が起きた40年前の窮民革命論の時もそうでしたが、こうした左派の活動は何回でもゾンビの如く蘇って来るので気が抜けません。
5月18日
上平 賢司
尊重しあえればいいいだけでさ、、、
5月18日 22:03
合田一彦
投稿記事に書いたとおり、従軍慰安婦問題と同じく、本人のみが主張する内容を尊重することは理性的ではありません。 そうした対応がいかに問題を大きくし、相互の関係を拗らせてしまったか、我々は歴史から学ぶべきだと思います。 また、実際問題として、今現在、差別が有るのであれば、それを是正する努力と、差別の根源となっている無知・無理解に対する啓蒙活動は必要ですが、差別問題を「乗り越えられない壁」として、その差を埋めるための補償が必要とするのであれば、何故に乗り越えられない壁であるのかを、補償を求める側が示す必要が有ります。 しかし、実際にはそうした手続きを経ること無く、「差別が~」「人権がー」「先住民族がー」と訴えるのみで、それらが二風谷からの発言のみを拠りどころにしている事を問題として投稿した訳です。 それらが欠いた現状では、尊重するも何も、対応のしようがありません。
5月19日 9:10
Takahiro Saito
合田さん、その通りです!
5月19日 21:09
Takahiro Saito
二風谷の奴らは悲劇のヒロインを演じ、同情を求めるのが唯一幸福感を満たすのです。
5月19日 21:13
合田一彦
はい。 だからこそ、我々は決して怒りを表に表さず、冷静に、淡々と相手の主張の矛盾を指摘し続け、聞いてくれる人の輪を地道に拡げ続けるより無いのでしょうね。 声高に主張して「人種差別」や「ヘイト」と同様に扱われてしまっては、本来は話を聞いて貰える筈の人からも避けられてしまいますし、そうなれば彼らの思う壺で、こちらが悪者扱いになってしまいますから。 難しいですけどね。 彼らは「差別がー」と煽動するような大げさな表現で「勉強会」という名目の洗脳セミナーを開催しますけれど、そこで同じ土俵に立って怒鳴り合ってしまったら、関係の無い人たちから見れば「差別ゆえに助成を求める側」と「根拠がないと否定する側」のどちらの側に付くと「正義感」が満たされるか。 そうした事を考えると、沖縄の反基地運動に対する「フェンス・クリーン運動」のように、地道に続けていくことが、結局は理解者を増やしていくのかなと思います。
5月19日 21:24
Takahiro Saito
私も合田さんのように冷静な判断で述べれば良いのですが未だに彼らに裏切られた憎しみが強いようでこのような自分が情けなく感じてしまいます。いつも二風谷ダムの件で彼らに接していなければ良かったものかと後悔してます。
5月19日 21:32
合田一彦
いえいえ。 私もネットだから推敲しながら書いているだけで、相手との議論になったら冷静で居続けるのは難しいですよ。
何より、自分のスタイルが「情」より「理」が勝るものだから、討論になった場合に相手は「理詰めで言い負かされた」と思う「悔しさ」が出てしまって、こちらも相手の表情や態度から「不愉快」を感じ取ってしまうから、互いにギスギスしてしまうのです。
本当ならば「情」に訴えて「諭す」ことが出来れば良いのでしょうけれど、根っからの理工系のため、そうしたコミュニケーション力に欠けているのですよ。
なので、家庭では出来る限りカミサンとは言い合いに成らないように努めて、平和が一番と唱えています。
「本音でぶつかり合うことが、常に正義とは限らない」って処でしょうか。
5月19日 21:49
Takahiro Saito
合田さん、素晴らしいです!私はここでは述べれない彼らのが沢山あるのですがいつも(これでもですが...)感情を抑えてますがいつぶち切れるか自分でもハラハラドキドキしてます
5月19日 21:56
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