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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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合田一彦


http://www.city.ishikari.hokkaido.jp/uploaded/attachment/15135.pdf#page=11 画像の「曲物」が出土した紅葉山52号遺跡は、16世紀ごろにアイヌの部族が遺した居住跡らしいと判っています。 以前にも、この遺跡からはアイヌ部族のものと思われる仕掛け弓の一部が発見されています。 http://www.city.ishikari.hokkaido.jp/museum/pdf/estuary035.pdf そして、画像の通り、北海道では取れない樹木を使って作られた「曲物」が発見されていることから判るように、当時の人達は本州と交易していた事が明らかです。 しかも、決して「お宝」ではない「生活用具」が、北海道の、それも函館など後世の松前藩が管轄する範囲から3百キロ以上も離れた場所に存在するという事は、ごくごく日常的な生活物資まで交易されるほど流通が盛んだったものと考えられます。 ※卑近な例で言えば、以前は外来の品といえば、舶来の「万年筆」や「洋酒」などの「高級品」が代表格でしたが、昨今はコストコで輸入の生活物資を買うのが当たり前、といった喩えでご理解いただけるかと思います。 つまりは、彼らは当時から決して「アイヌ独自」などでは無く、生活の中に「和人の生活文化」を積極的に取り入れており、むしろ江戸期の隔離策によって「一時的に和人化が中断していた」に過ぎないのです。 それが明治維新後の「国民化」によって同化が進んだのであって、決して強制されたものではありません。 むろん、中には変化を好まず、従前の暮らしぶりを変えるのを嫌がった人も居たとは思いますが、そうした「変化を受け容れず、昔の方が良かったと言い張る人間」は、いつの時代、どこの世界にも居る訳ですから、それを殊更とりあげて「強要された」と言い張るのも、どうなんでしょうね。
6月27日
合田一彦
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6月27日 14:25
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