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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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合田一彦
坂上田村麻呂の東征が行われたのが、記録によると8世紀末から9世紀の初頭といわれます。
また、東征では東北のアテルイら500余人の降伏を受け入れ、田村麻呂自身は敵将の助命を嘆願するも、貴族らの判断によって将二名が処刑されたとのこと。
ということは、やはり東征とは、殲滅戦や掃討戦といった「民族浄化」や「大量虐殺(ジェノサイド)」では無く、朝廷への帰属を誓わせるための行為であり、帰属が叶えば善し、あくまで逆らうならば敵将を下して改めて朝廷に帰属されるための、日本統一の為の進軍であったことが伺えます。
一方、アイヌ文化の成立は13世紀(鎌倉時代後半)とされており、DNA解析の結果から判明した、アイヌの元となっているオホーツク文化は、北海道では5世紀から9世紀とされています。
また各論あれども道東においては9世紀ごろから13世紀ごろに掛けてトビニタイ文化とよばれる、オホーツク文化を源流とする文化も有り、これも後のアイヌ文化に受け継がれたと言われます。
これと並行して、同じく7世紀から13世紀に掛けては、本州の土師器の影響を受けた擦文式土器を特徴とする擦文文化もあり、北海道では弥生時代を迎えることなく、旧石器時代から縄文時代、続縄文時代(前期・後期)を経て擦文時代となっていました。
ここで、アイヌ文化の起源が、こうしたオホーツク文化、トビニタイ文化、擦文文化の融合であることを考えれば、北海道の道北・道東にしか見られないオホーツク文化・トビニタイ文化を受け継いだ結果としてのアイヌ文化である以上、主に東北で行われた東征とアイヌには何ら関係が無いことが明らかです。
つまり、しばしば「アイヌ民族」を自称する彼らが言うところの「征夷大将軍によって本州を追われた縄文人がアイヌの祖先なのだから、本来アイヌこそが日本の正等な先住民なのだ」と言う主張は、全く根拠の無い妄言に過ぎません。
また同じく「東北アイヌ」というのも有り得ないでしょう。
何しろ、縄文人には見られない遺伝子上の特徴がアイヌには確認でき、それらはオホーツク文化人と同じということですので、少なくともオホーツク文化圏が北海道の道北・道東のみならず、北海道全域から東北にまで広がってない限り、そこにオホーツク人の後継たるアイヌが存在したはずは有りません。
何となれば、オホーツク文化の終焉する9世紀には、既に東征が行われていますから、今更、オホーツク系・北方系の民族が侵攻して、大和朝廷とは異なる勢力で東北地方を支配したと考えるのは、余りにも無理が有りすぎです。
結局のところ、本州では、縄文時代に引き続き、大陸渡来の帰化人たちや稲作などの新しい文化を取り入れて弥生時代へと変化したのと同じように、北海道においては縄文時代から擦文文化への流れと、併せて北方起源のオホーツク文化やトビニタイ文化を取り入れてアイヌ文化へと融合していった訳ですから、あくまでも北海道ローカルですし、それもオホーツク文化・トビニタイ文化との融合が生じた道北・道東から道内各地に広がったと考えるべきでしょう。
7月5日
Yukie Nakagawa
送ってくれてありがとうございます。今、日本のおとしめられた歴史問題で手一杯でアイヌ問題まで手が回りません。アイヌ民族(部族、種族)のこうした歴史や経緯をもっと教えて欲しいです。関連するこのですからね。ちなみに私の祖母はアイヌのハーフで長い間電話交換手をしていましたが,差別されたなどという話は聞いたことがありません。
7月9日 19:29
合田一彦
そうですね。昔の子供(というか悪ガキ?)の、口の悪い奴は、色黒の子供を見つけては「黒人、土人」と囃したり、「酋長」というあだ名を付けたりするのが普通にありました。
マンガのキテレツ大百科でも、名前で呼ばれずに「ブタゴリラ」というあだ名で呼ばれ、女の子からも「ブタゴリラくん」と呼ばれるキャラも居ますが、少し前まではそうした悪口も決してイジメでは無く普通の感覚だったのでしょう。
そうした口の悪い子が、アイヌ系の子供を「合いの子、犬の子、アイヌの子」と言ったような話も聞いた事は有りますが、それも当時は「子供の悪口」のレベルだったのでしょうね。
そうした「子供の悪口」と社会問題として取り上げるべき「差別」を同列に論じることは出来ませんし、また故あっての「区別」と「差別」を混同してもいけないと考えます。
例えば、結婚差別や就職差別が「有る」と言い張る被差別団体も居ますけれども、受け容れる相手側のご家族なり企業なりからすれば、相手本人の人物・人格だけでなく、万一の際には縁故繋がりで関わりを持つであろう先方の家族・縁戚関係の中に「差別利権」で生活しているような人が居れば、ちょっと遠慮願うのは至極普通の感覚でしょう。暴力団繋がりのある家に嫁にはやれん、とか、総会屋に関わりのある人物を入社させる訳にはいかない、というのと同じく、護身のための「区別」であって、もしそうした行為が「差別である」とするならば、その根源は、いつまでも差別利権を貪り、差別の再生産を作り続ける被差別団体自身が生み出しているものに他なりません。
アイヌ系であれ朝鮮系であれ華僑系であれ、何であっても立派な人たちは身内に被差別利権で暮らすような人物が居ることを良しとしませんし、そうした人たちとは一線を画すべく活動されています。
だから、差別の話を聞いたことが無いということは、皆が認める立派なお祖母様とご家族だったのでしょうね。
7月9日 20:26
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