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アイヌその真実

The truth of AINU

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合田一彦
アイヌ出身の言語学者である知里 真志保(ちり ましほ)氏の発表された内容を読むと非常に興味深いですね。
言語学者らしい、言葉と生活文化についての考察がまた面白い。
例えば「氷」という言葉があり、これは日本語(やまと言葉)では「水(ミズ)」が「凍る(コオる)」ことで「氷(コオリ)」になりますが、アイヌの言葉では「ルプ」と言い、これは「融けるもの」を指しています。
これすなわち、凍っている状態が「常態」であり、「融ける」ことで「水」になるという考え方です。
このことから、アイヌは「水が凍っているのが常である、北の寒い地域」に起源があるというもの。
また、「川」についても、農耕を生業としている「やまとの民」は、水源より流れ出でた水が川となって海に注ぐ、という「水源を起点」とした捉えかたで「川」を考えるので、川が合流した地点、つまり幾つかの支流が合わさって本流となる場所を「川が落ち合う場所」として「落合(おちあい)」と呼んで命名します。
が、アイヌの言葉では、こうした支流が本流に合流する地点を「川が分かれる場所」と呼び、これすなわち、川を捉える際の「起点」が「海から川に入る河口」であり、そこから遡って川を考えるから、本流から支流に分かれる地点は「川が分かれる場所」とのこと。
そして、川の「水源」は、川を遡った最後に辿り着く「終点」であると。
こうした「川」の捉えかたを見ても、「海」から「陸」を見ることで「川」を把握することから、アイヌは「海から渡ってきた部族である」としています。
実際、歴史的に見ても、北方から渡ってきた(千島経由、および樺太経由)オホーツク文化、トビニタイ文化が、北海道の縄文・続縄文・擦文文化と融合する中でアイヌ文化として成立したことからも、アイヌの起源が北方にあるとし、また海から渡って来たとする知里氏の見解は肯けるものと思います。


また、よく言われることですが、土人や旧土人、部落などの言葉が、当時は何ら差別用語ではなく、アイヌを卑しめたり差別する意図で使われた言葉では無いことが、こちらの氏の文章からも読み取れます。
例えば、以下の箇所
《大正11年3月に、旧土人保護法施設として完備された道立白老病院の院長とし、高橋氏が赴任されてからも37年になる。その間、土人部落の一員として、文字通りアイヌや一般の人達とともに、その生活の労苦をあじわってきたわけである。77歳の高齢をもって、いまなお矍鑠かくしゃくとして、町民の診療にあたっている氏のためにも、今度の町のもよおしは、ほんとうに心あたたまる朗報である。》
アイヌ出身の知里氏が、自らコタンを土人部落と呼び、かの地で医療を担ってくれた恩人を「土人部落の一員として」と称しているのです。
また、こうも書かれています。
《大正11年3月に、旧土人保護法の一環として完成された白老病院の院長として、貧困と悪習のはびこるなかに、氏はあえて赴任された。
 他の土人病院設置候補地であった平取、静内などの町村をしりぞけ、白老に病院をつくりあげた土人協会の人達にとっては、まさに干天かんてんの慈雨とでもいうか、最良の医師においでを願ったということになるのである。アイヌをみるという特殊事情から、よほど理解のある医者(先生)を見つけなくてはならないという、部落有志の志がかなえられたわけであった。》
 
ここでも「土人協会」や「部落有志の志がかなえられた」とあるように、決して「土人」や「部落」は、卑下したり差別する意図で使われた言葉では有りません。
ちなみに、この文章が発表されたのは昭和34年(1959年)12月。
少なくとも、アイヌにとって、この時点までは「旧土人」や「部落」が決して、差別用語などではなく、誰も差別などと考えて居なかったことが、どうして今になって「旧土人」が差別であるとか、そういう話に成っているのでしょうか。
意図せぬところに「差別」と言いたて、その「差別」を自分たちで言い立てておいて「補償しろ、助成しろ」と要求する構図は、何かおかしいと思いませんか。

9月10日 9:55
Yukie Nakagawa
すごく興味深い話です。
9月10日 12:08
砂澤 陣
アイヌ語と言うものも可笑しなもので、萱野茂の辞書も原稿料を先に要求して支払われているのに原稿を入れないので現職議員の時に騒ぎが起きています。又萱野の原稿を「アイヌ語」とする事が極めて矛盾する点が多過ぎるとして、詐欺罪で告訴される一歩手前まで行き、当時萱野の秘書だった滝口氏が火消しに奔走し、苦肉の策として『萱野茂のアイヌ語』というタイトルを使って強制的に幕引きを行った歴史もあります。それ以降、数冊の本が辞書として出されていますが、どれも「誰々のアイヌ語」とされていますね。

アイヌ語と言っても「所謂アイヌ同士」でも通じない、意味が違う、文法が違うというのはいまだにあります。
これは、エンチュウ・ウィルタ・ニクブンと言った古来民の言葉や和人の言葉もアイヌという乱暴的な括りで研究擬きをしてきたツケの表れでしょう。

現にマークウィンチェスターや北大の丹菊という趣味と職業的保身に偏り客観性を欠いた自称研究という言葉だけが独り歩きしている状況です。

アイヌ語というより、長い歴史の混交からみると「北海道弁」という解釈でも問題はないはずです。
人の混交が遥か昔から行われているという事は、そこで文化や系譜の混交が行われないはずがないんですよね。

そういえば、前から津軽弁とアイヌ弁?(w)に共通点が多くて色々調べてる時に面白いもの見つけました。

9月10日 15:03
合田一彦
津軽弁も他の土地の人には何を言っているのか判らないでしょうね。 学生の頃は新潟の長岡に居たのですが、東北出身の人と話す分には「標準語」なのに、彼らが郷里の家族と電話で話していると、傍で聞いていても何を言っているのかさっぱり分からない。 同じ日本語でも面白いものでです。 アイヌの言葉でも、土地によってさっぱり分からないことがあると知里氏も書いていました。

9月10日 15:09
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