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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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合田一彦
面白い資料を見つけたので紹介します。

一つには、6・7世紀の頃に本州で見られた文化が北海道にも伝わっており、しかも北海道南部の人々が南からの律令国家勢力(大和朝廷)と繋がりを持っている点。そしてもう一つは、その当時でさえも北海道の埋葬方法を巡る文化は一つではなく、少なくとも二系統あったと考えられている点。
つまりは、北海道の続縄文・擦文時代には、本州の影響が伝わっているし、しかもその当時でさえも必ずしも一系統だった訳ではない事が判ります。
そしてまたこちら。

PDFのページでいうと10/20、文献上のページ番号でいうと41ページあたりから解説されている、金田一博士による言語的分類や、河野先生による墓標形式による分類、などの複数の視点からみたアイヌ文化について書かれており、12/20、文献上の43ページあたりまでの記述が参考になります。
ここにも、アイヌは決して一つの文化を共有する一民族集団では無く、文化的に共通する部分もあれば異なる部分もある、複数の多部族集団を総称して「アイヌ」と呼んでいるに過ぎないことが示されています。
9月14日 0:22
Tsubaki Minezaki
合田さんスゴイ!
9月14日 0:31
砂澤 陣
墓標や埋葬の仕方でもかなり異なりますよね。埋葬品を墓の中に入れる場合と墓標そのものに入れる掛けるケースなどそれぞれですし、お参りの風習があるケースと無いケース私が見聞きしただけでも色々なパターンがあります。
特に埋葬する場合に漆塗りの行器を破壊して使うなど内陸と海岸部でも大きな違いがみられますし、特に装飾品を埋葬するのは「金持ち」に限られており、殆どの場合には埋めて終わりというのが多かったようです。(漆・硝子は今では想像できない程に高価な物)
実際、旭川の鷹栖にあるアイヌが多く埋葬されている場所では墓標とは全く無間系な場所から骨が出てくる場合もありますが、この件は又違う時に紹介しますね。

もう一つ大切なのが文化人類学者・故河野本道氏のプロフィールを近いうちに皆さんに紹介したいと思います。
北大の丹菊という自称研究者や日本の税金で日本の大学を出ていながら日本国内で反社会的運動に参加しているアイヌオタクのマークウィンチェスターらは河野氏を右翼に転向した等というデマを著書やSNS等で展開していますが、『河野家は北海道史の研究に親子三代』で取り組んできた『北海道史』の親とも言われております。

河野家のコレクションが旭川や札幌にあるアイヌ博物館関係の展示を支えてきたと言っても過言では有り得ないばかりではなく、河野氏は右翼に転向したのではなく「アイヌ協会」から都合の悪い事実を明るみにするものとして「アイヌ協会」から追い出されたというのが事実で。河野家のアイヌに対する研究のスタンスと『アイヌ』と言うものに対する『解釈』は転向もしていなければ常に謙虚でありながら客観的見解を貫いてきたのが事実です。

アイヌ協会の舞台裏を長年見聞きし支えてきた河野氏に対する所謂アイヌ関連の連中の仕打ちは醜いの一言。

私は物心つく前から河野先生にはお世話になっていましたが、チャンネル桜に出演をお願いした時には一つ返事で承諾してくれたものではありません。
河野先生は、思想としては筋金入りの「左翼思想」の持ち主でそれは終生一貫しておりました。
自民党の道議に会わせるのも軽く承諾してくれたものでもなく、ただ、アイヌ史の現状とアイヌ政策の酷さにに対する危惧で思想を越えて共闘して下さったという事実があります。
SNSなどで、河野氏の研究や意見を誹謗する声が多いですが、今後合間を見て河野家の歴史を皆さんにも紹介致します。

9月14日 13:30
Tsubaki Minezaki
河野先生はアイヌに関する動画しか見た事ないので、その本来のイデオロギーのようなものは良く分かりませんでした。
思想は左だけれどそれと史実は別の問題として捉えて発信する、そこに真実がある気がいたしました。
陣さんにしか伝えて頂けない事があるのだとあらためて思っています。
またアイヌ北海道問題、沖縄問題は本土から離れると関心も熱しやすく薄くなる事がありますが、その地域に住んでいる人や出身者ではないと言えない事があると身にしみて感じています
9月14日 13:30
砂澤 陣
河野先生と思想的な話も色々しましたが、正直、今のリベラルっぽい人達とは全く違うバキバキの左翼思想の持ち主で、これは終生貫いていらっしゃいます。先生の発言と研究が世に広まる事を一番恐れたのはアイヌ協会です。
私と共闘する前に、河野先生は小林よしのり氏と対談しており、研究者として謙虚な態度で対談に臨んでいます。

これは、市民外交センターの上村英明・香山リカ・マークウィンチェスター・北大の丹菊といった職業的保身や趣味レベルで持論を展開し客観性を失い、議論から逃げ回る卑怯者達とは大きく一線を画するところで彼らには河野氏を批判できる何ものも持ち合わせていません。

河野先生は、私からすれば「おじいちゃん」的な側面もありましたが、思想の違いは互いに認めながらも、陰謀論や二項対立論ではなく「郷土に立脚した考え」ここに重きを置いていた「河野家」の残した研究やアイヌ協会史は、これからアイヌ利権には都合の悪い事実を多く語りはじめるでしょう。
ただ、一番の壁は上村や香山と言った連中よりも事実を事実と捉えず、朝鮮の陰謀だ!在日の成りすましだ!と言った物事の「根本」を『見ようとしない・考える事を止めた人達の思考』でしょうね。

一番の問題は『アイヌ政策』という差別政策の存在と『一方的歴史の押し付け』そして詐取や横領が利権として明確に存在する事実のはずです。
9月14日 14:10
合田一彦
はい。いろいろと調べれば調べるほど、陣さんが常日頃から言われるように「アイヌ」というグルーピング自体がまずもって可笑しい。 文化的に見れば「アイヌ文化圏」とでも称すべき、ある程度の共通性を持った地勢的範囲は在るものの、その中身は決して一グループでは無く、氏族・血統の面でも、言語の面でも、由来する土地(樺太、千島等)で見ても、継承する文化風俗、祭儀・葬儀の慣習の点でも、決して「アイヌ民族」と言えるような「一つの民族」は存在しないことが自明。 複数の少数部族が、偶々同じような土地で似通った生活習慣、というか狩猟生活に基盤をおいた生活ゆえ、狩猟対象が同一であれば狩猟生活自体も似通うのは当然のことで、かつ、交易するなかで共通する言語部分も出来、しかし部族ごとに異なる部分もあるがゆえ、「アイヌ語」で括ってみても地方ごとに「互いの言葉が通じないアイヌ語」という奇妙な現象が生じる訳で。 これを「アイヌ」で括ろうとするから可笑しくなる。 北京語と上海語とか、インド国内の部族ごとの言語とか、それぞれ別の部族でも通じる部分もあれば通じない部分も有る、そうした「交易関係に有るけれども互いに他民族」の言語と思えば、こうした常態は何ら変では無い普通のことで、傍から見れば「中国語」や「ヒンズー語」にしか聞こえないけれども、彼らの中では決して同一では無く同一部族でも無い。 やはり、複数の少数部族が、ある程度の「緩いアイヌ文化」を共有する「アイヌ民俗」(例えば先の例で言えば「インド風俗」とでも言うような)を指して、大きく括れば「インド人」だけれども、決して一つの民族ではない)を、強引に「アイヌ民族」として、ありもしない「統一民族」が「先住民であった」と強弁するから無理が出てくるし、様々な研究の結果と相反しているのでしょう。
9月14日 14:51
合田一彦
補足すると、そういった背景であるが故、「アイヌとしての帰属意識」など在る訳が無い。 それこそ「朝鮮人慰安婦」と同じく「謝罪と賠償と求めるために捏造された話」に過ぎない。 いわく「先住民族たるアイヌへの保護と助成を求める」ために使っている「方便」。 それこそ、台湾における複数の少数部族と認めた上での、それぞれの部族ごとの文化を継承するための運動ならば未だ少しは判るが(かといって虐待された先住民族かどうかという点では断じて否定的なのだが)、しかして、彼らは在りもしない「アイヌ」を前面に打ち立てている以上、台湾の事例というよりも朝鮮人慰安婦と同類の、ゆすり・たかりの為に集まって「アイヌ協会」と称していると考えたほうが判り良いように思える。
9月14日 15:15
砂澤 陣
合田さん。仰る通りです。
先日Etsuko Obaraさんがドキュメンタリーの映画の事を取り上げていましたが、面白いもので本来「所謂アイヌ」の結婚式等と言うものは存在しないのに「アイヌ式」と平気で偽る。
これは完全に観光地の見世物として和人の式を演出して始まったもので、これを真顔でアイヌの伝統文化と偽れる神経が私には理解出来ませんし、そうした昭和期の観光地の見世物に年間数億もの税金が日本を貶める行為に使われている事を放置できる思考も私には理解出来ません。

河野氏は旧土人保護法設置前に私の姉等と自立を妨げるとして反対意見を述べたことや協会内部の横領やアイヌ史の編集に嘘が多い事を指摘しアイヌ協会を追い出されたのですが、この経緯も近いうち詳細を広める必要があると思います。

アイヌアートプロジェクトという詐取グループのリーダーは結城というのですが、この父親、結城庄司はアイヌヤクザ崩れで、地元釧路でアイヌ政策を悪用し、墓地利権やアイヌ住宅購入資金を悪用し地元に居られなくなり、札幌に逃げ太田竜等の左翼活動家と行動を共にし連合赤軍からも活動費を受け、シャクシャイン像に落書きをし指名手配され、逮捕されるのが怖くなって河野氏に泣きついて、結局は太田竜が一人で処罰を背負い込む形で決着をみています。
河野家に散々世話になった連中が、挙って自称アイヌ研究者と共に河野氏の批判にまわるというのは所謂アイヌの体質そのものを表しているように私は受け取っています。

河野家に世話になった息子が親子二代でアイヌ利権にドップリ浸かり、日本の税金で大学まで出たマークウィンチェスターらと共に河野氏批判本に原稿を寄稿するという厚顔無恥さに現代アイヌ全体の体質が露見していると私は感じています。

アイヌ政策とありもしない差別を作りださないと存在できない『物』など、はなから伝統でも文化でも有り得ないし、ましてや民族などと名乗ること自体が異常だと考えています。
9月14日 15:55
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