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アイヌその真実

The truth of AINU

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合田一彦
ついでなので、日本の歴史について、ちょっと考えてみたことを。
まず、日本の国民的特性として、勤勉・勤労というのが良く言われます。
これって、つまりは歴史的に搾取者対被差別者という構図が一般的では無かったことの傍証と考えています。
もし、被差別者として奴隷制労働を強いられている状態が一般的なら、その階層に暮らす人々に勤労意欲など湧く筈も無く、そのような状態が世代を超えて持続したのなら「勤労な日本人像」など有る訳がありません。
一時的に貧しい状態が有ったとしても、努力次第で、頑張れば楽になれると思えばこそ、人は努力を続けられるのです。
努力したって駄目な状態が何世代も続いたのなら、それでも「真面目に、勤勉に、勤労に励む」国民的特性など、獲得できるはずも無いでしょう。
また、江戸期を含む明治以前の時代を語るとき、飢饉における悲惨な状態を示す言葉として、村人同士が死人を貪った、などという話も有りますが、これも眉唾物だと考えています。
何故ならば、当時の農村人口は藩ごとに固定されて人口流動が厳しく制限されているため、万が一、飢饉で一地方の村々が全滅するような話があれば、その地方は翌年以降の復興が出来ず、藩としての生産力が欠けてしまいます。
むろん、飢饉が無かったという訳ではなく、飢饉の際には食べるものが不足し、野山の山草や木の根まで掘って食べたというのが事実として、そこで体力の衰えた老人や乳幼児から順に亡くなった事は想像できます。
しかし、農業生産の主力たる父ちゃん・母ちゃんなど壮年層まで死に絶え、あるいは村々で数人しか生き延びれない程ならば、その前に一揆を起こして藩米を求めるなどの騒動になっていたでしょうし、藩としても村々の生産力を落としては翌年以降の藩運営が出来ませんので、借金をしてでも糧米を買い付けて配布した上で、一揆の首謀者のみ扇動者として重刑に処すなどの処分は有ったでしょう。
が、村々が滅びるに任せるなどしていては、藩運営の力量に欠けるとして公儀からお家取り潰しになってしまいます。
そうした事を考えてみると、こうした飢饉の際の悲惨な話を喧伝する側というのは、つまりは江戸期の身分制度に差別が有ったとか、労働者たる農民は虐げられていたとか、幕府(お上、お武家)といった公権力が圧政を強いて平民の自由を抑圧していたとか、そういう話をまことしやかに喧伝するために、あたかも江戸時代には差別制度が著しく、公権力とは悪であり、労働者が立ち上がることを善とするような、共産主義的なプロパガンダの一環として、飢饉の際には共食いをした、という話を作ったのではないかと考えています。
農民対為政者の構図を描いて漫画化した「カムイ伝」の白土三平など、有名な左派ですしね。
いわく、「白土三平はファシズムと闘う左翼画家・岡本唐貴の子として生まれ、軍国教育のもとで多感な思春期を過ごし、疎開先で「アカの子」としての差別と飢えの苦しみを体験する。」といった経歴の持ち主ですから、彼の描く世界観では、どうしたって公権力は悪であり、農民は虐げられた存在でなければ成らなかったのでしょう。
またそもそも、大陸系やヨーロッパの先史以前の居住跡におけるネアンデルタール(旧人)とクロマニヨン(新人)の殺戮・食人の痕跡などはいざ知らず、日本の国民性と食人のイメージは繋がらないのですよ。
どちらかと言えば、喰うに困って途方に暮れた挙句、我が子を殺して自らも首を吊るような、そういう内向的な文化じゃないですか。
もしくは、子供に喰わせる為に自らの身を削るとか、子供たちの負担になっては困るから年老いて「姥捨て山」に自ら向かうとか、そういう精神風土だと思うのですよね。
他人に対する共感性というのか、人に対する思いやり、とまで言っては言い過ぎかもしれませんが、相手の状況を慮って共に努力することを良しとし、もしもの際には自らが一歩引く、そういう構図を好む伝統が有るように思っています。
だから、何と言うのか、誰かを「異民族」という立場に追いやり、差別的待遇に押し込めて、搾取した上に胡坐を掻いて安穏とするのは「軽蔑される」対象だったように思います。
江戸期の蝦夷地への差別政策にしても、実際には天然痘の被害を抑えるために種痘接種を行うなどしたり、族長が一人で妾を抱え込んで村の青年への嫁の成り手が足りなくなるため、松前藩からのお達しで族長といえども妾の数は何人までにせよ、とかそういった通達が行われる等、できるだけ「相互に繁栄」というか「Win-Win」の関係を目指すというか、領民管理が重要な藩のお役目であった訳です。
決して、相手を使い潰して自らの利益だけを考えた「ブラック企業」ではなかったのですね。
9月21日 18:36
米澤 智憲
日本の歴史上の人口と作られていた米の量を見りゃ簡単に理解できる。作った米を輸出しなかったから国内で消費された。
人は2人前は食えても20人前を食うことは出来ないんである。江戸時代に至るまで概ね日本は誰もがちゃんと飯を食えていた筈なんである。腹が膨れると怒りは鎮まるから、みんな仲良くやってた筈で、出来なかった奴はそいつに問題があるんだよ。
9月21日 18:45
守谷 あかね
合田さん、いつも冷静な考察ありがとうございます。
アイヌと関係がない話のコメントで迷うのですが、
ちょっとの期間でしたが流通が止まって食べるものを買えなくなった経験があるのでそこから感じたことなので、何か文献があるとか言うことではないのですけど。
原因と結果が逆じゃないでしょうか?
遺伝子的に勤勉だったから、ではなく、勤勉な遺伝子以外は残って来れなかったのではないかと。それ以外は淘汰されてきたのではないかと思います。

日本の国土って、山地が7割・平野が3割です。
そして決して恵まれた土壌ではなく、災害も多い。四季があるけどそれは気候が4回は変わるということでどちらかというと農業向きの国がらじゃないのです。
だから勤勉でなければ、天候を読めなかったら、全部失ってもまた一からやり直すような忘れっぽさ(というのか虚無的でないというのか)がなければ遺伝子をつないでくることができなかった、だから国民性として勤勉だということじゃないかと思います。

それから平安~江戸時代は小氷河期だったという人もいるくらいに飢饉多発しています。とれた食物の量以上、つまり食える以上に人口が増えることはないでしょう。産まれてきて7日生きるのすら困難だったはずです。(お七夜という行事がありますね、生まれてから6日目までは名前を付けないでおいて、7日目に名前を付けるという)それはこういった飢餓状態・衛生状態が産んだものではないかと。老人というのも、平均寿命を考えるとそんなにいなかっただろうと思います。

また万葉集の時代から江戸時代はもちろん~昭和32年まで売春って合法でした。合法的に自分の娘を売れたのです。食うに困れば自分の娘を売る、今がそう言う時代じゃないからと言って現在の価値判断で性善説的に日本は汚いことはしていない、みたいに語るのはくさいものに蓋をするようで空虚な議論だなぁと思います。
9月21日 22:53
合田一彦
ユーラシア大陸などを見れば、喰えなくなったら民族大移動で食べられる土地に侵攻して行っているわけです。 そして元来の原住民は下層民に追いやられ、土着の信仰・既存の神は古き悪魔として扱われる。 そうした「略奪」による生存策から見れば、他に侵攻すべき土地がなかったというのもあるかと思いますが、結果的に真面目であり、狭い土地の中で生産効率を高めていくには争いあうよりも協力したほうが良い結果が出せる訳で。 むろん、水不足の折の水争いや小競り合いは有ったでしょうけれども、それを統治する力も働いたからこそ記録に残っている。 奪うのが正義として放置されたのなら、そこで代官や奉行が調停に乗り出したという記録は存在しなかった訳ですし。 それと売春に関しては、逆に今の時代では「女性の人権無視」という形で「悪」とされていますが、古代ギリシャなどの記録に残る最古の職業としてどの時代にも存在した訳ですし、類人猿にさえもボス猿から餌を分けてもらうために、行為をおこなうメスも確認されているくらいです。 ですので、これに関しては善悪論や人身売買に絡めて性善説・性悪説で語るものとは少し違うようにも思います。
9月22日 6:46
冨山 洋治
「日本の国民性と食人のイメージは繋がらない」とありますが、極限下とは言え、大戦時に南方で常習化していた食人の事例を考えると日本の国民性とまで言ってしまうのは疑問に思います。
9月25日 21:33
辻 晴雄
文脈を読んで、もしかしたら支那史における敵対者に対する復讐行為としての食人行為や籠城における食人行為、もしくはパプアニューギニアの先住民やカリブ諸島先住民の食人行為と比較して述べているのではと考えました。むろん、日本でも結核に効くとされて民間薬として人の脳や肝臓を摂取していた歴史があり、薩摩武士は倒した敵の肝を敬意を表す意味で食べる習慣があったので人食とは無縁とは言えないとも思いますが。
9月26日 0:12
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