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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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アイヌその真実 2015年11月
2015年11月15日by 合田一彦
2015年11月15日by 蠣崎椿
2015年11月15日by 合田一彦
2015年11月13日by 合田一彦
2015年11月13日by 合田一彦
2015年11月13日by 蠣崎椿
2015年11月12日by 蠣崎椿
2015年11月12日by 合田一彦
2015年11月12日by 蠣崎椿
2015年11月11日by 合田一彦
2015年11月08日by 秋野英夫
2015年11月08日by 栗原 礼
2015年11月06日by 合田一彦
2015年11月05日by 東海 直樹
2015年11月04日by Emmanuel Chanel
2015年11月02日by 辻 晴雄
2015年11月01日by Yoko Sakakida
アイヌその真実 2015年10月
アイヌその真実 2015年09月
アイヌその真実 2015年08月
アイヌその真実 2015年07月
アイヌその真実 2015年06月
アイヌその真実 2015年05月
アイヌその真実 2015年04月
アイヌその真実 2015年03月
アイヌその真実 2015年02月
アイヌその真実 2015年01月
アイヌその真実 2014年12月
アイヌその真実 2014年11月
アイヌその真実 2014年10月
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合田一彦

このように、北海道観光土産の「木彫り熊」はアイヌ伝統工芸では無いし、何らアイヌには関係が無く、大正10年にスイスの民芸品をお手本にして八雲の農民・開拓民が作り始めたのが起源です。
ですから、アイヌ民芸として「木彫り熊」が展示・販売されている現状に対して八雲開拓民の子孫は異議を申し立てる権利があります。
曰く『八雲町議会 アイヌ協会に配慮求める 民芸展示「木彫り熊」で』というような見出しで
「このような展示は開拓民の歴史を無視したものであり、開拓民の子孫が見たら泣きたくなる」として展示の撤回と、こうした木彫り熊はアイヌ伝統工芸では無いことをアイヌ協会として認識し、また同様の展示や販売が「アイヌ民芸」の名の下で行われることが無いよう、申し入れを行うべきでしょう。

11月12日 9:00
谷口 佳輝
実は八雲というところは愛知と関係あるところで、熱田神宮の唯一の分社があるところでもあります。
11月12日 9:16
合田一彦

貴重な情報を有難うございます。
解説の文中にある「熱田神宮の分社は全国で八雲神社以外に存在しない。」なのですね。

11月12日 9:54
谷口 佳輝
そうです。だから木彫りの熊は尾張の人間が作り出したともいえるわけです。
11月12日 10:41
砂山 絵里
その木彫りの熊、実家にもあります昭和40年代初めに結婚した両親が、北海道に新婚旅行をした時の記念品です。
11月12日 10:59
合田一彦
アイヌが作るようになった経緯をまとめた資料もありました。 やはり八雲の殿様(徳川さん)のスイス土産が発祥で、それが有名になって売れるようになったので、道内各地で作られるようになり、アイヌ系の人も「木彫り熊」を作るようになった、とありました。 



・・・昭和40年代って、明治・大正どころか僅か40~50年前ですよ。
この当時、既に殆どのアイヌ系の人が完全に溶け込んで「日本人」として当たり前に暮らしている中、敢えて「アイヌ」として暮らしているというのは、「コタン」での「観光アイヌ」では無いのでしょうか。
そうした人たちが、観光土産として売れるからと、名産品に飛びついて作るようになったとして、それを指して「新しい文化」で「アイヌ民芸」と語れるのでしょうか。

昭和40年代って、日本の名作アニメ「あしたのジョー」や「巨人の星」、「アタックNo.1」などが一世を風靡した時代ですから、これを指して日本の新しい文化、アニメ文化として語るのは、ある意味で間違っていないと思うのですよ。
ただ、決して「日本の伝統」でもなければ「民芸」でもないですよね。

そんな新しい、観光土産として売れるからと作るようになったものが「アイヌ民芸」なのでしょうか。
甚だ疑問であります。
11月12日 13:05
蠣崎椿

サッポロピリカコタンにありました木彫りの熊さん
機械掘りらしいですね

11月12日 13:09
谷口 佳輝
最近は機械で彫ったもののほうが多いみたいですね。
11月12日 17:40
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