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アイヌその真実

The truth of AINU

Team JAPAN

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アイヌその真実 2015年11月
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合田一彦
「竹」のムックリ(アイヌの口琴)

竹片を薄く削り、コの字の切込みを入れて、一端には糸を結んで引っ張り、他端は口に当てて(咥えて?)鳴らす楽器、という話ですが・・・。
基本、北海道には竹は殆ど自生せず、函館近辺に松前藩の人たちが持ち込んだ孟宗竹が多少あるのと、伊達あたりにハダケと呼ばれる種類の竹が少々あるのみです。
それ以外は原野で笹薮となる「クマザサ」や「チシマザサ」はありますが、これは丈も低くて径も細く、幅広の竹片を削りだせるような太さは有りません。
翻って本州以南を見ると、竹というのは非常に優れた素材で、節を抜けばパイプになり、節を残したまま輪切りにすれば器に、割いて編めば竹籠に、細かな破片一つさえも竹串や竹釘に使える訳で、竹の産地では見事なまでに「竹尽くし」の民芸品に溢れるほどですから、当時の人にとって竹が入手できる環境であれば十二分に活用しないほうが不思議なくらいの万能素材です。

しかしながら、アイヌには目立った竹製品・竹細工が無いのですよ。竹の細工物として有ると言い張っているのはムックリだけ。

極めて不可解では有りませんか。
竹が入手できる環境ならば、どうしてあれほどの万能素材を生活に用いなかったのか。

また、もし竹の入手が困難であったのなら、僅かに入手できた竹という材料を、どうして子供が遊んだ楽器にしてしまうのか。
(ゴジラの作曲家である伊福部昭は幼少の頃に釧路に居り、近所のアイヌの女の子が鳴らしていたムックリに興味を持ったが、これはアイヌの楽器だから教えない、と断られたという逸話がある)

口琴自体は世界各地で確認される、非常に原始的かつ古い楽器ですし、国内でも平安時代の遺跡から金属製の口琴が出土したほどですから、それ以前には金属器になる前の原型として、竹製の口琴があったのだろうと考えられます。
ですから、縄文期や弥生期に口琴の原型が日本全土に伝わっていても、そのこと自体は可笑しくは無いでしょう。

そう考えると、観光アイヌが土産物として「八雲の木彫り熊」を模倣して作り始めたのと同じように、伝承とはお構いなく、単に土産物を造るための「産業・工芸」として全国の材料を入手できる時代であれば、そうして入手した「竹」の木っ端を使って口琴を作って子供に遊ばせたとしても、まあ判ります。手近に竹の木っ端があれば、竹とんぼや水鉄砲を作って遊ぶのと似たようなモノですね。

あるいは、伊福部昭の見たのは、まさに子供の口サイズに納まる幅の狭いムックリで、手近な材料で作られたモノだったか・・・。
で、改めてアイヌのムックリの情報を探してみると、こちらでは「チシマザサ」(ネマガリタケ)が材料とされています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad199801/hpad199801_2_278.html

しかし、こちらでは「竹」と言っています。
http://www.ainu-museum.or.jp/nyumon/mukkuri/mukkuri.html

チシマザサ(ネマガリタケ)は、基部の径でも2cm程度の、いわゆる山菜の「姫タケノコ」の育った姿ですから、平らな板状の部材を切り出すとしても、軸の中央の穴を避けて切り出せる板幅は、1cm~1.5cm程度が最大でしょう。

しかし演奏風景の写真を見ると、これはかなり幅広です。

知里真志保さんの「分類アイヌ語辞典 植物篇」を見ても、チシマザサの細工物としては子供の遊びとしての笹舟は挙げられていますが、これで楽器を作ったという話は載っていません。
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/yakuyosyokubutuen/ainuyuyosyokubutu_uni21.htm

一体、いつから「竹」でムックリを作る話になったのでしょうね。

またチシマザサにせよハチクにせよ、竹を楽器の材料に用い、それを演奏するのが伝統的に行われていた文化であるとするならば、なぜ竹笛が無いのでしょう。
竹にせよ笹にせよ、切って息を吹き込めば(鉛筆キャップを鳴らすのと同じように)、それだけでも鋭い音の出る楽器なり警笛になるのに、熊と戦い、猟に出て、あるいは海や川で漁を行う種族が、こうした鋭い音を響かせる道具を伝えていないのは、とても不思議で、彼らには本当に楽器演奏の文化が有ったのだろうか。もし有ったとしても、それはごく一部の部族が伝えていただけでは無いのかと考えてしまいます。

・・・結局、トンコリと同じく、ムックリもまた、正当な後継者も居なければチシマザサを材料に用いる製作者も居ないため、勝手に模倣したものを「竹」で作り始めて、それがアイヌ文化と言い張っているだけでしょうか。
樺太アイヌからの伝授を受けてさえ居ないのに、勝手に模倣して「トンコリ奏者」を名乗るOKIと同類の匂いがしそうです。
http://goo.gl/tJe5Gy


11月15日 15:00
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